「人(ひと)」と描(えが)いて他人(たにん)という意味(いみ)の
この國(くに)はヒトを恐(おそ)れて生(い)きてきた
けれど「人(ひと)」の「間(あいだ)」にあるものは
不安(ふあん)や恐(おそ)れじゃなくて
愛(あい)だと子供(こども)たちに「教(おし)え」たい
「何(なに)か」が終(お)わってしまったけれど
それは同時(どうじ)に「何(なに)か」が始(はじ)まって
「始(はじ)まり」はいつでも怖(こわ)いけれど
だからこそ「僕(ぼく)ら」は手(て)を繋(つな)ごう
We are with you
「人(ひと)」の「為(ため)」と描(えが)いて偽(いつわ)りだと
僕(ぼく)らはいつでも主張(しゅちょう)してきた
けれど本當(ほんとう)の気持(きも)ちはいつだって
迷(まよ)い間違(まちが)え、とりつくろって
偽(いつわ)りから始(はじ)まるんだ
僕(ぼく)らは「出來(でき)る事(こと)」が皆(みな)違(ちが)うから
We are with you?
「終(お)わり」はいつでも悲(かな)しいけれど
「僕(ぼく)ら」の「夢(ゆめ)」が儚(はかな)いと言(い)われようとも
それを止(と)める理由(りゆう)にはならない
もしもソレが噓(うそ)や偽(いつわ)りだとしても
ソレが「真実(しんじつ)」に変(か)わるまで
僕(ぼく)らは謳(うた)う
「人(ひと)」と描(えが)いて他人(たにん)という意味(いみ)の
この國(くに)はヒトを恐(おそ)れて生(い)きてきた
けれど「人(ひと)」の「間(あいだ)」にあるものは
不安(ふあん)や恐(おそ)れじゃなくて
愛(あい)だと子供(こども)たちに「教(おし)え」たい
「何(なに)か」が終(お)わってしまったけれど
それは同時(どうじ)に「何(なに)か」が始(はじ)まって
「始(はじ)まり」はいつでも怖(こわ)いけれど
だからこそ「僕(ぼく)ら」は手(て)を繋(つな)ごう
We are with you
「人(ひと)」の「為(ため)」と描(えが)いて偽(いつわ)りだと
僕(ぼく)らはいつでも主張(しゅちょう)してきた
けれど本當(ほんとう)の気持(きも)ちはいつだって
迷(まよ)い間違(まちが)え、とりつくろって
偽(いつわ)りから始(はじ)まるんだ
「何(なに)か」が終(お)わってしまったけれど
それは同時(どうじ)に「何(なに)か」が始(はじ)まって
僕(ぼく)らは「出來(でき)る事(こと)」が皆(みな)違(ちが)うから
だからこそ「僕(ぼく)ら」は手(て)を繋(つな)ごう
We are with you?
「何(なに)か」が終(お)わってしまったけれど
それは同時(どうじ)に「何(なに)か」が始(はじ)まって
「終(お)わり」はいつでも悲(かな)しいけれど
だからこそ「僕(ぼく)ら」は手(て)を繋(つな)ごう
「僕(ぼく)ら」の「夢(ゆめ)」が儚(はかな)いと言(い)われようとも
それを止(と)める理由(りゆう)にはならない
もしもソレが噓(うそ)や偽(いつわ)りだとしても
ソレが「真実(しんじつ)」に変(か)わるまで
僕(ぼく)らは謳(うた)う